ラブハンドル(2006/02/07@PARCO劇場)

kamome142006-02-07

中谷まゆみ+板垣恭一の芝居を観ると、「人生いいことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもないよな」と思う。明日からもなんとかやっていけそうだな、と。「5センチのハッピーエンド」とは良く言ったもんだ。
原田泰造。最近役者としてもいろいろやっているのは知っていたけど、実際見るのは初めて。ところどころで噛む、その噛み方が気になった。感情が先走って口が着いていかないっていう、技術的カラダ的な印象なので、ステージを重ねれば(もしくは役者としてのキャリアを重ねれば)良くなるのかな。誠実な芝居をする人だと思う。
いつも真っ直ぐな性格のキャラクターの富田靖子は、今回も真っ直ぐな女性。運命のこの人と結婚したい!とひたすら願う女性って、ともすると「その思い込みは何」としか思わなかったりするんだけど、彼女の場合は「なんか賢そうな人だし、思うところがあるんだろうなあ」って気がする。以前はこの人の思い入れを込める場面が臭くて好きじゃなかったが、最近はもっと大仰な芝居(歌舞伎だ歌舞伎)をよく観るようになったせいか、あまり気にならなかった。それとあの、芝居とは関係なくてアレなんだけど、この人の顔を見るといつも「犬!」って思っちゃって困る。太いマジックインキで鼻をぐるぐるっと塗りつぶし、ほっぺににゅっと3本髭を書き加えたくなる。
石黒賢ショムニ右京さんの、ピシッとした姿しか印象がないが、こういう冴えない男って役を難なく演っちゃうのね(いや、難なくかどうかは知らんが)。瀬川亮。全然知らない人。元気でよろしかったんじゃないでしょうか。

さて、もしもこの芝居をこれから観る予定の方がいらしたら、この先は読まない方がいいです。為念。
長野里美小須田康人。この二人が馴れ合い夫婦を演ると聞けば、第三舞台を見続けてきた観客の一人としてはなんの不安もない。それも「ちょっと思い込みの激しい部分もあるが明るい奥さん」と「生真面目で変わり者のダンナ」という、当て書きならではの設定であれば、なおさら。新婚当初の熱い気持ちはとっくにないけれど、相手が浮気しているかもしれないとなれば腹が立ち、離婚も考える。中谷まゆみの脚本はちょっとした予定調和のサプライズがあることが多いが、それをこの夫婦が担当するとは思っていなくて、すべて奥さんの勘違い、最後はめでたし、で納まるんだろうと思いつつ観ていたわけだ。
ところが。
マイペースで抜けたところのある奥さんを長野さんが実に上手く演じるし、こちらも彼女のそういうキャラを刷り込まれているものだから、実は若年性アルツハイマーでしたと明かされて初めて、そういえばいくら天然でも「え?昨日駅前で会ったっけ?」「そんな話千鶴ちゃんにしたっけ?」「あれ?私何しに来たんだっけ?」や、ティッシュを買いすぎてしまうといった忘れっぽさはあんまりだったな、とか、ダンナが仕事を辞めた理由はそれだったのか、と思い至った。なんで俺に言わなかった、俺は弟だぞと激高する原田泰造に対して、彼女の人生を引き受けるのは夫である自分だと返す小須田さんの台詞に、涙が止まらなかった*1
正直言って、結婚したい!という強い気持ちも、結婚したくない!という強い気持ちも持ったことのないカモメには、主役カップルのドタバタはピンとこなかった。それだけに姉夫婦の、もう惰性だけで続いているように見えて、実は揺るぎないもの(たぶん愛)が底にある関係に強く共感したんだと思う。なんの根拠もなく、「今アルツハイマーになっても、オットは愛し続けてくれるだろうな」と思いながら劇場を出たカモメは、様々な意味でしあわせ者(より正確に言うとおめでたいヤツ)だ。

*1:ところでその場面の直前、実は小須田さんが暴力夫だったのでは?と思わせるシーンがあるが、「小須田さん演じるキャラがそんな行動を取るわけない」と思ってしまうのは、客として損かもしれないと思った。一緒に観た友達(普段芝居を観ない)はそのシーンで「そうだったのか!」と思ったと言うし、歌舞伎を観ている時にいちいち「おおー」とか「へえー」とか楽しめるのは、前知識が何もないからだと思うし。