麗蘭@COUNTDOWN JAPAN 04/05

the Street Slidersが好きだった。大好きだった。解散の話を聞いたときは耳を疑った。そりゃ不穏な空気ではあったけれど、なんとか持ち直してくれると信じていた(つか、願っていた)。ハリーと公平が別の道を行くなんてことはあってはならないとすら思った(痛)。ベタベタな仲良しではないけれど信頼関係はしっかり築かれている夫婦が別れると聞いた、そんな感じだった(どんな感じだ)。なにより、ルースターズローザ・ルクセンブルグも亡き今(2000年当時)、スライダーズだけが10代の頃から聴いてきてなおかつ現存しているバンドで、それがなくなったらどーしたらいいの。そんな気分だった。
解散後、ハリーのソロは何度か見た。公平はテレビで見ることができた。わたしはスライダーズというバンドが好きだったんだと再確認した。ソロになった彼らには以前のような魅力を感じなかった。


ライブの様子はスカパー!などで何度か見ていたが、生で麗蘭を見るのは今回が初めて。麗は言わずもがなだけれど、いつの間にか蘭も大御所扱いになってたんだなぁ、などと愚にもつかないことを思いながらステージを眺める。チャボも公平もとても味のあるギタリストで、その二人のユニットなのだから音がつまらないわけがない。でもね、でもね、正直言って、二人ともソングライティングに関してはあまり才能があるとは思えないの(特に作詞面で)。『かえりみちのBlue』は名曲だと思う。『GIBSON』は大好きだ。それでも。RCサクセションでもスライダーズでも、チャボや公平の曲にはなんとなく「ちょっと一息」を感じてしまっていた。

実際にライブを体験しても、その思いは変わらなかった。『悲惨な争い』は確かに大きな曲だ。けれどあれは詞ではなくて日記だと思う(その無骨さがチャボの魅力なのだろうということはわかる)。世界が平和でないことを憂ううたは他にいくらでもあるだろうが、たとえば同日同ステージでのザ・コレクターズ『NICK!NICK!NICK!』の方が、わたしのココロにはすんなり入ってきてしまう。自分の感性を嘆くべきなのかもしれない。あまりにもストレートなモノを受け付けなくなってしまっている、固まってしまった感受性を。
音自体は文句なく渋カッコいい。チャボの飄々として熱いギターと公平のエロいギターが会話するように絡むとゾクゾクする。ハリーの硬質で突き放したうたに絡みつく公平のギターを懐かしく思う気持ちは未だあるが、今の彼のほうがスライダーズ時代より何倍もイカしたギタリストだ。今さらだけど認める。
スライダーズ解散直後、公平は自身のサイトで「もうバンドはやらない。僕のギターを必要としてくれるところに行って弾くんだ」というようなことを言っていた。スライダーズ中期までのような、ステージの上、踊るようにひらひらと移動しながらのプレイはもう見られないのかもしれないけれど、きっと軽やかなそのスタンスで、様々なところで様々なギターを弾いてくれるんだろう。
なんかさ、やっとこさっとこスライダーズを卒業できたみたい。ありがとう、土屋"蘭丸"公平。

ラストライブ

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